Wednesday, December 22, 2004

コンピュータに立ちはだかる言語の壁2

パソコンにまつわる言語の壁。いや、アルファベットの壁と言ってもいい。たとえインターネットを使って世界の情報を瞬時に閲覧できるとしても、乗り越えねばならない壁は消えていない。それを改めて感じたのは、90年代初頭に電子メールを使い始めたときだった。

当時、アメリカの大学では、アルファベットだけを使ってメールのやりとりをしなければならなかった。そのため、日本人留学生間でメールを使うときも、英語で書くか、あるいは日本語をそのままローマ字にしなければならなかった。日本語をわざわざ翻訳したり、ローマ字にしたりすることが、何かわざとらしいような、さもなければ億劫に感じたのは、私だけだったろうか。そんなわけで、メールを使うのは、英語を書く必要があるときに限られてしまった。

日本語を使ってメールするためには、日本語対応のOS(基本ソフト)をインストールしなければならなかったので(英語版OS上で日本語を読み書きするための、ソフトウェアも出ていたことは出ていたのだが)、どうしても自前のパソコンが必要だった。

他方で、他国の留学生の場合、ヨーロッパをはじめ、南アジアや東南アジアの学生は、自国語のメールをそのままアルファベットで書けるという強みがあった。半角(1ビット)を全角(2ビット)に変換する必要もない。つまり、友人間の些細な連絡にも学校にあるパソコンでメールできた。そのためか、他国からの留学生の方が日本人よりも盛んに電子メールを使っていたようだ。なるほど、母国語をアルファベットで書く彼らにとって、アルファベット恐怖症もないのだ。もちろん、彼等が自分のパソコンを所有するとしても、英語版のOSのままでいい。

「日本語版」ソフトウェアの発達は目を見張るばかりだ。ワープロはもとより、パソコン上で日本語を書くことは、もはや当たり前だ。しかし、何かまだ、外国映画を字幕で読まされているような、もどかしさがある。今でもコンピュータやインターネットの世界は英語、さもなければアルファベットが中心であるし、そもそも、コンピュータ言語自体、アルファベット中心に出来ているではないか。まだまだ、根っこの部分に入り込めていない気がする。パソコンというツールを使って、我々が世界の人と平等に渡りあったり、結ばれたりするには、人一倍の努力が必要ということなのか。

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